伊勢神宮の式年遷宮と「5S」運動について

伊勢神宮の式年遷宮と「5S」運動について

jinbutsu玉島剛氏(中小企業診断士)

■日本人と「清め」

今年は、伊勢神宮の式年遷宮の年に当たるという。伊勢神宮のサイトによると、20年ごとに社殿を新しく作り変え、その都度ご神体を移す「遷宮」というものを行っている、とのことである。また、出雲大社でも同様である、と。

日本人は、神仏の居所を清らかにすることに熱心で、こうした「新調」の他にも、禊(みそぎ)や祓(はらえ)、手水など、かずかずの「清め」を行う。

同様に、日本人は、職場や道場においても、自宅・自室以上に丁寧に「清め」をする。これらは普段あまり見ることがないが、客前で調理する板前や、相撲の土俵などにおいて見ることができる。調理の都度、取り組みの度に、片付けと清掃と清めを繰り返す様子が見られる。

私事ではあるが、筆者の父、祖父も職人であったが、掃除や片付けを習慣のように行っていた。腕の良い職人は、道具の手入れや整理もちゃんとしている、と子供の頃から聞かされてきた。確かに、流行らない外食店は概して片付けがなってないし、下手なエンジニアはいつも散らかしている。

「5S」運動が、製造業やサービス業に広く定着しているのも、こうした背景があると考えられるが、整理・整頓や清掃が製品の品質とどのような因果関係があるというのだろうか。少し考察してみたい。

 

■修行は「掃除」「挨拶」から

製造業やサービス業が対象の5S運動ではあるが、かつて日本人の仕事はすべて「掃除」と「挨拶」から始まっていた。職人であれ、調理師であれ、役者・芸人も、僧侶や神主も、入門者は、寺子も弟子も小僧も丁稚も、掃除と挨拶をきちんとすることから教わる。そして、ほとんどの入門者は「なぜ掃除をするのか」の意味を知らないし、その意味を直接教わることもない。師匠はただ「やりなさい」と命じ、理由を問うような「不躾」な弟子には「そのうち分かる」としか言わない。しかし、その弟子も、やがて師匠となる頃には自然と整理・整頓をし、弟子に掃除を命じるようになる。

「ものを作る」ことや「おもてなし」や格闘技(武術)は、本来、マニュアルに書かれるような単純なものではないし、教習所のようなところで教わって「わかる」というものでもない。実に微妙な違いを「五感」で感じ、身体を巧みにコントロールして、初めて実現できるようなものである。

旋盤工が、「キリコ」の色や形、切削の音や手に伝わる振動などによって微細な加工を行うように、技術というものは全神経を作業に集中させる必要がある。板前もまた、客の食の進み方、食材の状態、温度などによく注意を行き届かせ、最適な料理を最適なタイミングで出す。

そのような場に、異臭のするもの、足の先に当たる違和感、耳障りな異音、視界の端にある異物、などがあるとどうなるだろう。腕の良い職人であればあるほど、これらは「邪魔」になる。だからこそ、職人は、職場を整理整頓し、道具の手入れを怠らない。良い道具は、材料のちょっとした状態の違いをはっきりと指先に伝えるし、整った職場なら作業の際に発生した異常も何らかの形で体のどこかに伝えてくれる。

そのような体験を経て、弟子はやがて職人に成長する。仕事は、考えて学ぶものではなく、感じ取りながら身につけていくものなのである。だから、五感を良い環境に置く必要がある。知ってか知らずか、そのような体験から「5S」運動は生まれたのだろう。

■日本人のための「5S」運動

ご承知の通り、「5S」運動は「整理・整頓・清掃・清潔・躾」のそれぞれの5つの頭文字Sのことである。戦後、欧米式の特にアメリカ発の経営手法が数多く日本の企業に輸入され、それなりの成功を収めたが、この5S運動に関しては「ローマ字」であることからも分かるように「日本製」の手法である。現在、苦戦を強いられている日本の企業経営だが、それでも日本人の優れた技術力やおもてなしのサービス力は評価が高い。その根本には「SWOT」や「4P」や「3C」といった「競争」の戦略ではなく、自己を鍛える「5S」の精神があったからこそ、といえよう。

さて、再び伊勢神宮である。おそらく、大抵の人が神社に訪れると社殿に進み、何かを祈る。作法に従って手を合わせ、しばし静かに目を閉じる。それが初詣の喧騒の中にあっても、ほんのしばらくの間は、「しん」とした静寂を自分自身の中に作り、神と対話する。対話は聞こえない声に耳を傾けるように行われる。神の声は微かな声だから、神経を集中させないと聞こえない。神社が清潔・清浄であらねばならない理由のひとつがここにある。それは、職人が仕事をするときに材料や工具が発する微かな信号に神経を集中させることによく似ている。

「グローバルスタンダード」の名の下、国内ではどこの企業でも効率化の道を突き進んでいるように見える。それはコストや速さを優先し、非効率な方法を止めるということである。だが、そうやって、効率を優先した結果、本来あった日本的な強みも失われている。

日本人は「5S」と呼ばれるずっと以前から、人を育て、技を磨く方法として、職場の整理整頓や掃除など「清め」を当然のように行ってきた。人の育成も技の熟練も、その人によって教え方は異なるし時間もかかる。一見すると、それらは今の時代からすると非効率に見えるかも知れないが、それこそがかつての日本製品やサービス業を世界一と呼ばれるまでに育てたのである。非効率を理由に、こうした日本的なものまで捨ててはならない。

プロフィール

1960年 神戸市生まれ
1981年 神戸市立工業高等専門学校・電気工学科卒業
1981~2012年 シャープ株式会社勤務
2004年 中小企業診断士登録
その他の保有資格
情報処理技術者(情報システム監査・システムアナリスト・プロジェクトマネージャー、情報セキュリティアドミニストレータ、ほか)、1級販売士、中国語検定3級