稲本知弘氏(中小企業診断士)

私は半導体の製造設備機械メーカーで情報システム部門に在籍する企業内診断士です。2010年から2012年にかけて自費により同志社ビジネススクールに通い、2年間、学生とサラリーマンの二足のわらじ生活を経て、2012年3月にMBAを取得しました。今回はこのビジネススクールの卒業論文に相当するソリューションレポートからご紹介いたします。

テーマはタイトルにある通り、「創業者の事業承継」サブタイトルを「人と経営」としました。私は、企業内診断士でサラリーマンですが、祖父は大正時代に京都で25名程度の伸銅業の町工場を創業し、父もその後を継ぎ、私は零細企業の創業者の孫、経営者の息子として生まれ小さいながらも子供用の自転車で走り回れるくらいの工場の中で育ちました。思えば、そのころから自然と「創業者」というものに興味を持っていたものと思います。一方、現在は中小企業診断士として現在の中小企業の大きな課題の一つである「事業承継」、「後継者問題」にも興味を持ち、折衷したようなテーマとなりました。

ひとことに事業承継と言っても創業者から二代目、二代目から三代目、何代も続く老舗の承継、それぞれについて、親から子、父親から娘、あるいは他の親族への承継、また社員への承継、外部からスカウトした人材への承継など様々なパターンが考えられます。この研究では、条件を創業者の事業承継に絞り込んで、いくつかのケースを検証することにより事業承継のひとつのパターンの勘所に迫ってみようと試みました。

「創業者」という特定ケースにおける事業承継の特徴

はじめに創業者の事業承継が2代目以降の事業承継とどのように異なるかを考察してみました。

①創業者は基本的に引き継いだ経験が無いため、2代目以降と比べると引き継ぐ側の立場を理解しにくい。自分が引き継いだ時の苦労や反省点がない。

②創業者には高い理想と志がある。当初はとにかく食べていくだけで必死の状態の創業者であっても、小さな成功を重ねてゆくうちに自信と希望を持ち、苦労を苦労と思わずに自分の中で誇りを持って道を切り開いて行く。これに対し後継者は既に築かれた事業と組織を土台として、順調にあるいはこれを拡大することが期待される。

③創業者は事業を立ち上げてきた実力がある。2代目以降は先代までの業績評価と当人による業績の評価部分があるため、個人の実力評価が難しい。例えば2代目以降の苦心により成功した事業が先代の遺産であるとみなされ、逆に先代から未解決であった問題が2代目以降に顕在化すると先代であったらこのようなことにならなかったと批判されることもある。

④企業としても初めての事業承継であり、企業内での前例がないため承継方法を模索しなければならない。

⑤社員や株主、取引先や顧客など社内外のステークホルダーから見ても創業者と企業は表裏一体である。

以上のような特徴から、創業者による事業の成長が順調であればあるほど、事業承継の壁も高くなると考えられます。

「事業承継」の定義

「事業承継」は「会社の経営を後継者に引き継ぐこと」ですが、より具体的にはどの時点を指すのか定義が曖昧な場合も多く、客観的に判断し易いタイミングとして社長の交代を「事業承継」と考えることが一般的です。しかし、現実的には社長交代後も創業者が代表取締役のまま会長に就任するケースや、社長はCOO(Chief Operating Officer)で会長がCEO(Chief Executive Officer)であるケースも多く、こうした場合実権は創業者である会長にあることが多くあります。更に代表権も返上し、会長職も退き、肩書なしの相談役となっても大株主として創業者が経営を左右するケースは一般的と考えられます。そこで、今回は経営に対する権限と責任の観点から、経営責任を問われなくなった時、すなわち「経営を執行する権限を返上した時」を「事業承継の時」であると定義することとし「承継」というポイント以外にも創業者がたどる6つのフェーズを定義してみました。

①誕生  創業者が誕生した時点。
②創業  創業者が事業を始めた時点を指すが、会社設立時を基本とする。
③決心  創業者が事業を成功させ、世間一般に言われる引退の年齢、それは人により想定する年齢が異なるかも知れないが55歳とか60歳など節目の年齢を迎える、あるいは創業者自身が一定の達成感をもとに次世代への承継を決め、なお且つ、具体的な後継者候補を想定した時点。実際には創業者自身の中でも揺れ動く思いであろうが、この研究では限られた文献・資料からその思いを推し測り、決心の時をケースごとに設定し分析の基礎とする。
④交代  創業者が社長を交代する時点。
⑤承継  創業者が代表権を返上するなど、経営責任を問われなくなった時点。すなわち経営を執行する権限を返上した時点。
⑥他界  創業者が他界した時点。

この定義に基づき、図1のように「創業」から「決心」までの期間を事業承継の前提となる事業の「基盤形成期」、「決心」から「承継」までの期間を事業承継の「準備期間」、そして「承継」後は「後継者のパフォーマンス期」と見ることができます。

事業承継の事例研究と分析

上記の定義に基づき、事例研究として「決心」の時期を確認しようと思うと創業者の回顧的な資料が必要になります。そのため、研究対象は現在大企業となっている企業がほとんどですが次のような企業群の社史や創業者のコメントから分析を試みてみました。
①パナソニック(松下幸之助)、②SONY(盛田昭夫)、③森精機(森林平)
④ワコール(塚本幸一)、⑤村田製作所(村田昭)、⑥オムロン(立石一真)
⑦ダイエー(中内功 )、⑧SAMSUNG(李秉喆)、⑨京セラ(稲盛和夫)

※詳細な分析内容については、ここでは長くなるので割愛させていただきます。

創業者の事業承継モデルの設定

文献や事例から次のような事業承継モデルを設定してみました。

①用意周到な事業承継を行う
分析の結果、事業承継の準備期間は概ね14年から18年程度必要となっていました。この期間中には後継者の社内外での教育と、引き継ぐ側としての経営理念の確立やステークホルダーへの説明など、いつ「承継」を行っても良い環境づくりが重要です。後継者が同族である場合は相続面からも計画的な対応が必要となり特に創業者の場合、たとえ上場により株式が公開されていたとしても創業者が大株主である場合が多くオーナー的存在で、周囲からは事業承継について言い出しにくい事項であるため、遠い将来の話と考えずに十分な事前準備と事後の調整期間が持てるように留意しておかなければならないでしょう。 また、社長の「交代」あるいは事業の「承継」はいつでも実施できるわけではなく、後継者によるスムーズなキャッチアップができる経営環境が必要ですので準備できることは準備を進め、経営環境が良いタイミングを見計らっていつでも承継できるようにしておくべきです。

②良い後継者を見つける
良い後継者の条件は何か。子息・子女など親族で高い教育を受けていることが最も望ましいのですが、高い教育を受けていることが必須ではありません。一方、社外から登用する場合は高い教育を受けていることが必須だと言えます。 事例研究では、個人で積み上げてきたタイプの創業者の場合、親族、特に子息を後継者とする事例が多かった。一方、共同創業・外部出資タイプの創業者では生え抜き従業員を後継者としていました。恐らく創業者の事業承継に限定されることかもしれないが取り上げた事例のなかでは外部から事業承継時に登用したケースは失敗することが多いといえます。

③経営理念を固める
創業者が承継前に準備しておく事項として経営理念を見直し、固めておくことは非常に重要であると考えられます。経営理念は企業の行動規範となり社内の「人の和」を形成し、対外的にもホームページなどで公開することにより信頼を形成する役割があります。特に創業者が現役の間は創業者が発する言葉がその時々の方向性となり、社内は創業者という「人」を基準に行動を協調させることができます。しかし承継後に創業者がいない場面でも社内の行動規範として事業の方向性や業務の進め方を円滑に指し示して行くためには経営理念の明文化が重要です。 経営理念のもう一つの側面は組織が世代を超えて共有して行く価値観です。これは戦略やビジネスモデルなどのように市場や社会環境の変化に合わせるものではない普遍的側面があるからです。

「天地人」モデル

これまでに考察した内容から「創業者の事業承継」のあるべき姿として「天地人」モデルを提起してみました。
「天地人」とは日本では上杉謙信の言葉として伝えられていますが、元は戦国時代中国の儒学者孟子による「天時不如地利。地利不如人和」です。解釈すると「天の恵みである絶好のタイミングは地の利には及ばない。その地の利でさえ、人々の団結力には及ばない」という意味で、のちにこの言葉は「三才」と呼ばれ、戦に勝つことや物事を成功させるためにはこの三カ条が不可欠とされています。これを創業者の事業承継に当てはめると次のようになります。

「創業者の事業承継」を行うに当たっては何よりも良い後継者を見つけることから始めなければいけません。ここで言う「良い後継者」とは結果的に事業を伸ばす後継者ですが、基本的には創業者の支えが無くとも自らの裁量で事業を推進して行けることが最低条件となり、少なくとも創業者に従順なだけでは不足です。その後継者がステークホルダーである社内外の人々との良好な関係を維持できるように取り計らい「人の和」を大切にすること。「人の和」とは単に人当りを良くして八方美人になることではなく、後継者のポジションが明確であり各ステークホルダーとのバランスの取れた適切な関係を保つことです。次に、会社の行動規範となる経営理念を固め、その中に「企業の永続性を優先すること」、「常に経営革新に取り組む姿勢を持つこと」、「グローバルな視点を持つこと」という重要事項を盛り込み、常に自らを顧みる「地の利」を得ること。最後に遅滞なく十分な準備を行い用意周到な事業承継を心がけ「天の時」を待つこと。

移りゆく時代の変遷の中で、人の和を保ち続けることはとても難しいことですが、経営においてもこれが一番重要なことであると、認識を新たにした研究でした。

プロフィール

小規模なソフトハウスを経て、機械製造業の情報システム部門に在籍。アセンブラやC言語による組み込みソフトウェアから大型汎用機によるオンラインシステム、通信衛星を使った通信販売システムの構築など、多岐にわたるシステム構築を経験。近年では海外拠点とのネットワーク構築やSAP導入などに携わる。
中小企業診断士、MBA(同志社ビジネススクール)