吉田喜彦氏(中小企業診断士)

ITプロジェクトは失敗するケースが多い(注1)。そのことを一番良く知っているのはIT企業(ITベンダー)だ。IT企業もその対策を考え実施しているが、それでもプロジェクトは失敗する。本当のことを話すと、現場で働いている一部のIT技術者は、それが本当の対策になっていないことを知っている。IT企業が知らない、ITプロジェクトを成功させる方法を技術者の視点から解説したい。
(注1:高額な追加費用の発生、著しく低い品質、プロジェクトの停滞などを含む)

■極端な二つの事例

①極めて良い事例(A氏)
売上高300億円を超えるメーカーの基幹システム(注2)は、技術者のA氏が一人で開発・運用している。これにかかる費用はA氏との契約金【約700万円/年間】であり、日々のトラブル対応や問合せ対応、システム改修も含まれている。 A氏は100本のプログラムを対象とした大改修でも3ヶ月で完了させる高い技術力を持っている。また、仕事の進め方においては、ほぼ毎日営業や経理の部署でユーザーと話をしている。トラブルが発生すれば、即1次対応の連絡を行い、現場を安心させる。他部門との連携や情報収集が肝要である事を知っている。 緊急で短納期の依頼をした時は『すべてを希望日までに完成させることはできませんが、必須の機能を優先して改修することは可能です。ただし、補足資料は影響による不具合が懸念されます。運用で対応できますか?それなら1次改修として期日までに対応可能です。残は2次改修として一ヶ月以内に完了させます。』と回答する。現場の運用とシステムの「品質・納期・コスト」のバランスを考慮した提案であり、判断も早かった。多くのユーザーが「彼に任せれば何とかなる」と信頼し、確かにその期待に応える仕事をしている。
(注2:在庫、入出庫、外注とのオンライン取引、売上、請求などの各処理)

②極めて悪い例(E氏)
売上高150億円のメーカーでは複数のシステムが個別に開発され、これらが連携して基幹システムを構成している。各システムは社内開発ではなく外注(IT企業)に開発と保守を依頼しており、情報システム部は社内調整と外注管理が主な役割となっている。 情報システム部にIT技術者のE氏が中途採用で入社した。彼が一部のシステムを担当するとすぐに問題が発生し始めた。E氏が担当する複数のプロジェクトが停滞し、外注であるIT企業との関係が悪化していった。 さらに数ヶ月後には、これまで固定だった年間の保守費用が値上げされた。対象はE氏が関与したシステムのみ、しかも複数社で発生している。例えば過去10年間、【約360万円/年間】だった保守費用が2倍の【約720万円/年間】になり、さらに1年後の契約更新で再び値上げが要求され【約1000万円/年間】が提示された。IT企業からE氏の上司に対して「Eさんと話していても仕事が進まない、Eさん抜きで打ち合わせできませんか」、別のIT企業からも「IT企業の論理からすれば、Eさんが担当なら、わざわざ御社の仕事をせず他社と仕事をするでしょう」と伝えられた。また、社内の他部署からも「E氏は論理性が低くて説明がおかしい」、「社会人として基本的なコミュニケーションがとれない」と指摘されていた。 IT企業や社内の各部門、さらに情報システム部内で問題視する一方で、情報システム部の部長は経営陣に対して「部内に問題はない」と報告しているため、状況はさらに悪化に向かっている。

上記の①、②は実話をもとにしている。なぜこれほど差が出るのか。その原因を次に解説したい。

■ITプロジェクトの成功とは何か?

ITプロジェクトの成功と失敗を考える為に、まず「システム」の商品特性を知る必要がある。顧客企業はシステムを工業製品と同じような物と考えている傾向があるが、実はまったく違う。工業製品なら設計書や図面が完成し、製造担当者がだれであっても同じ製品ができる。しかし、システムは担当者個人の力量により大きく異なった製品ができる。しかもシステムは不具合が少なからず発生することが前提であり、その品質は使い始めてから徐々にわかることも多い。 この様に不確定要素の多いシステム開発ではQCD(品質、費用、納期)のバランスが求められる。一般的に費用(契約金額)が下がると原価を下げるために開発側はテスト工程を省略する傾向があるため品質が低下しやすい。納期を短縮する場合も同じ理由で品質が低下しやすい。だからといって品質を上げるために数倍の予算をかけると、費用対効果が望めなくなる。 技術者はQCDのバランスを的確に捉えることが肝要であり、成功するITプロジェクトは必ずQCDのバランスが考慮されている。つまり、ITプロジェクトの成功とは「顧客が満足する品質と、顧客が納得する費用と納期」かつ「IT企業の利益」の両方を満たすものであるといえる。

■IT技術者に求められる能力

QCDを総合的に高めるのは技術者のスキルであり、状況や顧客に合わせてそのバランスを調整するのも技術者のスキルである。そしてそれを実現させるためには、専門知識よりもむしろ判断力、コミュニケーション力など、ビジネスマンとしてのスキルが重要になる。よって、ITプロジェクトを成功させるため、技術者に求められる能力は次の3つで表すことができる。
① 専門スキル(ITに関する専門的な知識と技術)
② 対人スキル(顧客に対するヒアリング力やコミュニケーション力、及び情報分析力)
③ 行動特性(成果につながる考え方、行動力、あるいは人間力≒コンピテンシー)
専門スキルとは、SE(システムエンジニア)やPG(プログラマ)が必要とする、ITに関する技術や知識である。対人スキルとは、顧客やチーム内で円滑な人間関係を構築し、折衝・調整を実施する能力である。行動特性とは、その本人の特性であり、柔軟な考え方や問題の本質を捉える力、瞬時の行動力など、成果につながる考え方や行動のことである。

■IT企業の対策

IT企業が「ITプロジェクトを成功させる人材」を育成しているとは言い難い。なぜなら、専門知識やマネジメント手法だけを追いかけ、対人スキルや行動特性の育成に注力されていないからだ。 IT企業がなぜそれをやらないのか?一つには「育て方を知らない」ということがある。もともと「IT技術=専門技術」と考えており、専門スキル以外を伸ばすノウハウがない。しかもそのような先輩、リーダーの環境にいるため、新入社員もそれに習って育っていく。もう一つは、デキル技術者が持つ対人スキルや行動特性を、能力として正確に把握できていないことが挙げられる。コミュニケーションが長けた人物であっても、現場では「彼はよくしゃべる」と表現されている。しかし話好きとコミュニケーションスキルは異なる。その違いを能力として評価できていないため、育てるという発想ができていない。 「技術者は専門職だから話べたでもいい」、「コミュニケーションが欠けるのは職業柄仕方がない」と考えている企業がいまだにあるがこのような企業に発展はない。一方で、多くの企業が教育できない環境でも、デキル技術者は自ら現場に飛び込むことで鍛えられ、成長している。

■ITプロジェクトを成功させる方法

【A氏】のように専門スキルと対人スキル、行動特性を兼ね備えた技術者は、難易度の高いプロジェクトでも平然と成功させている。逆に【E氏】のような人物だと、難易度が低いプロジェクトでも停滞し、費用は増加していく。そして徐々に会社は疲弊していく。 実はIT企業内でも特に優秀と評価される技術者は、対人スキルや行動特性が優れている。彼らは社内で「エース」と呼ばれ、破綻したプロジェクトの梃入れなどでも活躍している。また、「本質的に何が必要か」が分かっているので、正確に技術者の力を計ることもできる。そのため、彼らがチームを組むときは優秀な人材を参画させ、重要なポジションに配置させることで常勝チームを作り上げている。  IT企業が専門知識やマネジメント手法にいくら力を入れてもプロジェクトの失敗は減らない。ITプロジェクトの成功は結局メンバー次第という状況は変わらない。どれだけビジネスマンとして優秀な人材を集めることができるか、特にエース級を一人でも参画させることができるか、それがプロジェクトを成功させる大きな要因となっている。

■エースを待ちながら

顧客企業がエース級を見抜くことは難しい。しかし素人でも簡単に見つける方法がある。プロジェクトが失敗し始めたら、大きな声で騒ぎ、IT企業に強く是正を求めればいい。すると社内から信頼されている技術者が登場し、驚くほど短期間に状況を改善してくれる。その技術者こそA(エース)だ。                                     以 上

プロフィール

73年、奈良生まれ。
営業職と経理職を経験しているIT技術者である。
金融、公官庁、メーカー、流通など15社のシステム開発実績があり、約100名の技術者と協働してきた。
そのうち、破綻プロジェクトのリカバリーを依頼されたのは3社である。
また、中小企業と大企業の管理職を経験した中小企業診断士である。
2008年から大手企業の経営管理部門に所属、2013年に独立。
中核分野は経営システム改善と後継者視点の事業承継支援である。
趣味は予定を決めないひとり旅、酒はジントニックをこよなく愛する。

中小企業診断士、ソフトウェア開発技術者、テクニカルエンジニア(ネットワーク)、
総合旅行業務取扱管理者