太田真行(中小企業診断士)
はじめに
今年(平成29年)1月に「介護事業者の倒産が過去最多」というニュースが新聞各社の記事で報道されました。
東京商工リサーチの発表で平成28年1~12月における「老人福祉・介護事業」の倒産件数は108件で、平成12年の調査開始以来で最多となったということです。これまで最多であった平成27年(76件)に比べて1.4倍と急増しています。
高齢化社会の中で需要が増加し成長産業と言われながら倒産件数が急増している介護業界について、私なりに考察してみたいと思います。 1. 介護業界の動向
老人福祉・介護事業は介護保険法に基づき、高齢者に対して介護サービスを提供することが主な生業です。ここでいう高齢者とは65歳以上の人を指します。原則的に介護保険サービスを利用できるのは65歳以上の人です(一部特例措置あり)。
介護保険サービスは①訪問系サービス②通所系サービス③入居系サービス④福祉用具レンタル・販売の4体系に大別されます。4体系とも行政からの事業所指定(いわゆる許認可)が必要です。介護保険サービス提供に対する報酬単価はすべて厚生労働省において細かく規定されており、介護事業者自身が自由に報酬単価を設定することができません。そのため、同業者間による値引き競争は存在しない構造です。
介護保険サービス報酬のうち、高齢者本人が負担するのは1~2割です。残りの8~9割は介護保険給付費として、公的機関である国民健康保険団体連合会から介護事業者へ直接支払されます。そのため、売掛金の貸し倒れリスクは低いと言えます。
平成12年4月1日の介護保険制度開始以降、介護給付の総費用額は年々増え続けており、平成27年度は10.1兆円と15年間で3倍近くに増加しています。
この主因は65歳以上人口が増加しているためです。平成12年に2,204万人であった65歳以上人口は毎年増え続け平成27年には3,395万人と15年間で1.5倍に増加しています。65歳以上人口の増加に伴って市場規模は大きくなっています。
このように価格競争がなく、貸し倒れリスクが低く、需要が旺盛な業界であり、他の業界に比べると恵まれた経営環境のようにも見えます。しかしながら、倒産件数が急増しているという現状があります。2. 介護業界における課題
(1) 介護報酬単価の引き下げ
介護業界の経営環境が厳しくなっている要因の1つが国(厚生労働省)による介護報酬単価の引き下げです。
介護保険制度がスタートした平成12年4月以降、3年に1度のスパンで介護報酬体系の見直しが行われるように定められています。平成27年4月の介護報酬改定は、全体で2.27%の引き下げとなりました。これは高齢者人口の増加に伴う介護・医療費等の社会保障費の増加を国が懸念してのものです。市場規模が大きくなっているものの単価の引き下げにより、収益性が低下している状況です。
特に掃除や洗濯、食事準備や買い物代行など、専門技術がそれほど要求されない介護サービスについて報酬単価が引き下げられました。その反面、認知症高齢者への対応や看取り、リハビリ・機能訓練による生活機能改善・回復、痰の吸引などの専門技術が求められる介護サービスについては報酬単価が維持・増額されています。
専門性の高いサービスを提供できる体制の介護事業者は収益性を維持・向上できており、専門性の高いサービスを提供できる体制を確立できていない介護事業者は収益性が低下していると考えられます。 (2) 介護の担い手の不足
介護業界では介護の担い手である介護職員が不足しているという課題があります。
高齢社会の進展により今後も介護サービス需要は確実に大きくなっていきます。特に平成37年(2025年)には団塊の世代の大半が後期高齢者(75歳以上)に達し、要介護者のさらなる増加が見込まれています。従って、介護ニーズのある新たな顧客発掘は容易な状態が中長期的に続いていきます。
しかし、こういった旺盛な需要に対して供給が不足している状態です。介護現場の仕事が重労働であるにもかかわらず、介護職員の賃金は他の産業に比べて低いというのが担い手不足の1つの要因であると言われています。
介護ニーズのある新たな顧客発掘は容易ではあるものの、安定的にサービス提供できる介護職員の人員の確保が難しいため契約ができないというケースが多々存在するようです。
また、介護職員の人員を確保できればそれで問題が解決するという訳でもありません。介護度の高い高齢者に介護サービスを実施するためには、介護職員に高い技術が求められます。例えば、日常的に痰の吸引が必要な高齢者のためには喀痰技術を有する介護職員が対応しなければなりません。そういった重度者にも対応できる体制を整えるために、介護事業者は介護職員の人数とスキルの両方を確保することが求められています。 3. 経営力強化のために取り組むべきポイント
(1) 安定したサービス提供体制の確立
前述のとおりサービス提供に必要なマンパワーの確保をしつつ、スキルの高い介護職員を確保できるかどうかが介護事業の安定化のために重要なポイントです。そのためには介護職員の離職率抑制に取り組むことが肝要です。具体的な取り組みとしては高い意欲をもって仕事に取り組める人事制度・評価制度の構築や職場の雰囲気づくりが考えられます。
また、サービス提供における手順の標準化を通じて、暗黙知の形式知化を行うことでスタッフの技術水準の向上とサービス品質のバラつきをなくすことが高齢者やその家族、地域社会からの評価につながります。 (2) 保険外サービスの開発
介護保険サービスで安定収入を得つつ、介護保険外サービスメニューの開発・販売を並行してすすめていくことも重要です。政府が生活援助系サービス(掃除や洗濯、食事準備や買い物代行など)への社会保障費抑制していく流れにあります。そのような中で、介護保険外サービスを開発・提供し、売上と収益の確保を図っていくことが重要であると考えます。
平成29年現在、介護保険法では混合介護が認められていません。混合介護とは介護保険サービスと介護保険外(全額自費)サービスを同時に提供することです。具体例を挙げると、高齢者本人の食事の作ること(介護保険サービス)と高齢者家族の食事を作ること(介護保険外サービス)を同時に実施できません。
現在、混合介護の規制緩和について厚生労働省で検討されています。この規制緩和が実現すれば、介護事業者は柔軟なサービスメニューを作ることができ、収益性の向上につながる可能性があると言われています。また、介護保険収入依存から脱却を図る機会にもなり得ます。 (3) IT利活用による業務効率化
介護事業者では日常的に介護サービスの実施記録をドキュメント化しています。その理由は2つあります。1つは介護保険法で介護記録を残すことが義務化されていること、もう1つは対象高齢者の情報をカルテ化し従業員間で共有しサービス品質向上に役立てることです。
この記録業務が介護職員の業務負担に少なからぬ影響を与えています。
ITを利活用し介護記録業務を合理化することで介護職員の業務負担が軽減し職場環境改善につながり、介護職員の定着にも寄与すると考えられます。
また、タブレット等を活用し高齢者に関する最新の情報をリアルタイムに職員間で共有することにより、サービス品質の向上につながります。「もう少し早くその情報を知っていたら」の積み重ねがサービス品質の大きな差につながります。 (4) おもてなし規格認証制度の活用
経済産業省では「おもてなし規格認証」が推進されています。
https://www.service-design.jp/about/
品質向上に取り組むサービス事業者を認証する枠組みです。
介護事業者がこの「おもてなし規格認証」に取り組むことが有益であると考えます。理由は2つです。
1つめの理由は企業イメージの向上です。高齢者やその家族、地域に対して良い印象を与えます。また、介護職員の採用に際しても、応募者に対して良いイメージや安心感を与えることができます。
2つめの理由は経営力強化に取り組むガイドラインツールとして活用できることです。「おもてなし規格認証」は”情報提供”、”設備”、”職場環境改善”、”業務改善”、”ツールの導入”、”顧客の理解・対応”、”人材教育・育成”に関する30個の規格項目から成り立っています。サービス業における経営全般が網羅されており、この規格項目を目安として持続的に経営力強化に取り組むことで成長・発展につなげられるのではないかと考えます。(ただし、規格項目のなかにはインバウンド需要対応を志向したものも含まれており、介護事業者にとって関連性の薄い規格項目も一部あります。)
初級の「紅(べに)認証」については自己適合宣言であり、無償で認証を受けることができますので、認証取得のハードルはそれほど高くありません。 最後に
介護に関する知識不足を承知の上で、私の目線で介護業界について考察をさせていただきました。
介護業界で実際にお仕事をされている方からすれば「実際の現場はそんな理屈通りいくものではない」等のご意見もあるかと思いますが、介護業界の外にいる第三者から見た、ひとつのご参考意見として捉えていただければ幸いです。 プロフィール
太田 真行(おおた まさゆき)
ITツールの導入支援を行う中小企業に勤務。
業務パッケージソフトウェアを法人向けに導入支援する業務に従事している。
中小企業診断士、ITストラテジスト