佐藤俊一氏(中小企業診断士)

はじめに

私は、大学卒業後、大手機械製造業の営業担当として社会人生活をスタートしました。 その時に接したお客様は、主に地方の機械製造業で、地場産業の自動化機械を開発製造することを通 じて、地域の産業を支えている中小企業でした。その社長様や社員の方々に触れる中で「いずれは、 商売以外でも中小企業のお役にたちたい。」との思いが生まれ、中小企業診断士の資格を取得しました。 現在も企業に勤務していますが、少しずつでも「思い」を具体化していきたいと考えています。

ところで、地方の衰退が社会的問題となり、その解決方法のひとつとしてソーシャル・ビジネス、 コミュニティビジネスに注目が集まっていますが、福祉的発想だけでは経済的に継続できないでしょ う。中小企業診断士に期待される役割が今以上に大きくなってくるのではないでしょうか。 私は、その担い手として地域の中小企業の活躍に期待し、その「活性化」をキーワードにお役に立 っていきたいと考えています。しかし、経営資源に余裕のない中小企業にとって簡単なものではない でしょう。そこで、地域の中小企業がソーシャルビジネスに取組み始める際の選択肢の一つとして、 「指定管理者制度」を挙げたいと思います。指定管理者制度は、地域の中小企業の事業の拡大や安定 化につながるだけではなく、その参入のプロセスにおいて人材育成や経営管理面など企業体質の改善 面での効果も得られると考えています。 以下、指定管理者制度応募のプロセスをご紹介するとともに、中小企業にもたらす効果と応募企業 が中小企業診断士に期待する支援内容について述べたいと思います

1 指定管理者制度

1.1 指定管理者制度とは

指定管理者制度は、2003年に導入されました。自治体が、公の施設(住民の福祉を増進する目的を持って、 その利用に供するための施設で 保育所、福祉施設、病院、公民館、図書館、公園、スポーツ施設など)の管 理運営業務、管理権限を、そのノウハウや活力に期待して民間の事業者に委任するもので、民間の資金によ る施設建設も想定するPFI(Private Finance Initiative)に比べ、中小企業にとって取り組み易いと言えるので はないでしょうか。

1.2 民間企業から見た事業性

全国の自治体が運営する公の施設は20~30万施設あると言われており、年間運営予算は数百万~数億円程 度が多いことから、事業規模は10~15兆円 になるとみられています。総務省の「公の施設の指定管理者制 度の導入状況等に関する調査結果」[1]によれば、制度導入施設数は2007年発表の 61,565から 2012年発表で は73,476に増加し、公募実施率も2007年の 29.1%から2012年43.8%に増加しています。 また、民間企業の受託状況をみると、全体に占める割合は高くありません(図1)が、増加傾向を示して います。徐々にではありますが、民間企業にとって市場は拡大していると言えるでしょう。 民間企業が指定管理者として導入された施設を種類別にみると、設備の維持や清掃といった管理業務のウ ェイトが高いと思われる基盤施設が最も多く、次いでレクレーション、スポーツ施設となっています(図2)。 受託企業の規模を見ると、約80%が従業員300名未満の規模である(表1)ことから、中小企業にとって 参入しやすいことが読み取れるのではないでしょうか。

 また、公共サービスの民間開放[2]によれば、参入企業の産業別内訳は、サービス業が43.6%、建設業22.9%、 不動産業が8.6%となっています。そのうちサービス業の内訳をみると、建物サービス業が44.6%、スポーツ 施設提供業7.3%、警備業8.2%、事業サービス業8.5%、労働者派遣業4.7%となっています。 これらから、本来業務において施設管理と関係の深い企業が、運営管理に比べて施設管理の業務ウェイト が高い基盤施設やレクレーション、スポーツ施設を中心に参入していると考えられます。また、これらの業 種は、それぞれの地域に根差した中小企業が多いのではないでしょうか。

1.3 地域中小企業にもたらす効果

中小企業における指定管理者制度への参入の魅力について、一般的に以下のような項目が挙げられること が多いようです[3]。
1. 初期投資や事業のリスクが小さい
2. 複数年、安定収入と雇用の確保が見込める
3. 自主事業により収入増が可能
4. 社会的信用が増大する
5. 市場の拡大が見込め、事業拡大も可能
6. 社内人材を育成できる
7. 経営管理レベルが向上する
企業の体質面での改善という点では、5、6、7、の3点の効果が大きいのではないでしょうか。 企業が新たな事業として指定管理者制度に応募し受託するためには、さまざまな課題を乗り越えることが 求められますが、それが社内人材の育成や経営管理レベルの向上にどのように結びついていくのかを次に考 えたいと思います。

2 指定管理者制度参入の課題

2.1 指定管理者選定のプロセス

応募企業は、まず事業計画書等の書類提出を求められます。選定委員により、1次審査(書類選考)がな され、2次審査(プレゼンテーションとヒアリング)を経て「指定管理者候補」として選定されます。 多くの場合、自治体の12月議会において議決されて、「指定管理者候補」が「指定管理者」となるわけで すが、6月~7月に募集要項が公表され、8月には応募が締め切られ、9月~10月前後に 2次審査というスケ ジュールが一般的なようです(図3)。

2.2 指定管理制度応募のステップ

企業が行う応募に向けた作業は、以下のとおりです。
フェーズ 1. 参入検討
事業可能性調査など
フェーズ2. 応募作業
対象施設選定、戦略策定、事業計画作成、プレゼン対策など

 応募企業には、募集開始から応募締切まで1~2カ月、その後プレゼンテーション・ヒアリングまで1カ月 といった短期間で作業を進めることが求められます。 なお、指定管理者として議会で議決された後は、約 3ヵ月で開業準備(フェーズ 3)を行い業務を引き継 ぐことになります。

2.3 事業計画書

書類選考で他社との提案競争に勝ち抜くレベルの事業計画書を作成するためには、資料作成能力や提案力 が必要になります。収集した資料や現地調査に基づいた現状分析、課題抽出と対応策策定、それらの個別戦 略への落とし込みといった戦略企画力も求められます。また、短時間で説得性のある事業計画書を作成する ために、戦略策定のツールに習熟しておくことも重要です。 さらに、事業計画書の記載項目については、多くの場合、図4のような項目の記載が求められます。これ らの記載内容を検討することを通じて、自社のマネジメント力を見直し、不足する部分は補強しておくこと になります。

2.4 プレゼンテーション・ヒアリング

書類選考で上位に残ると、プレゼンテーションを行うことになります。選定委員は多くの場合、提案内容 を本当に実行するのか、できるかを確認するための質問を準備して臨むようです。従って、企業としてはプ レゼンテーションの準備とともに提案内容の裏付けを充分整理し用意しておかねばなりません。

3 応募企業に求められるもの

以上のとおり、応募企業、とくに地域中小企業にとって、本来業務では経験することがそれほど多くない と思われる調査や戦略策定、事業計画書の作成、プレゼンテーションなどについて短期間でスキルを習得し 使いこなせるようにしなければなりません。また、経営管理の仕組みについても、不十分な点を補強するこ とが必要になります。中小企業にとって簡単なことではありませんが、たとえ受託に至らない残念な結果に なったとしても、人材育成、体質改善など得るものは大きいのではないでしょうか。

4 中小企業診断士に求められる役割

中小企業は、経営資源に余裕がない中で指定管理者制度に参入します。そのため、受託への最短コースを 狙って支援機関への依存度も大きくなります。具体的には、フェーズ 2、なかでも戦略策定・事業計画書作 成に関する支援で、中小企業診断士の経営診断のノウハウを存分に活用でき、実際の支援業務として最も多 いと思われる部分です。(情報の発信や活用が事業計画の目玉になることも少なくありません。システム化も 含めて情報診断士がおおいに活躍できるフィールドでしょう。) また、実際に応募作業を進めていく上で、フェーズ1では、例えば「クライアント企業単独では経営資源 が不足する場合、それをどのようにして補完するのか」といった問題が浮き彫りになりますし、特に新規参 入企業にとって、フェーズ3の開業準備も短期間で行なわねばならず、支援への期待は大きなものとなりま す。従って、フェーズ 1~3の全体を通じて支援できる経験・ノウハウを蓄積した中小企業診断士とそのネッ トワークへの期待も高まっていくのではないでしょうか。

(引用・参考文献)

[1]総務省 公の施設の指定管理者制度の導入状況等に関する調査結果(2007/1、2012/11)
[2]総務省 公共サービスの民間開放(2006)http://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr06/pdf/chr06_2-2.pdf(2014/8/13閲覧)
[3]経営創研編:『ライバルに先んじろ 指定管理制者制度 勝つための方程式』、出版文化社(2008)
[4]冨山和彦:『なぜローカル経済から日本は甦るのか』PHP研究所(2014)
[5]佐藤俊一:「中小企業にとっての指定管理者制度について」日本生産管理学会第40回全国大会論文集(2014)

プロフィール

大阪府生まれ
大手機械製造業およびそのグル―プ会社勤務
中小企業診断士
ITコーディネータ
日本生産管理学会正会員
日本経営診断学会正会員