川崎透氏(中小企業診断士)

■はじめに

今や日本人にとって海外旅行は珍しいことではなくなっており、近所のおじいちゃん・おばあちゃんが淡々と大きなスーツケースを転がして空港に向かっている光景を良く見かけます。我々ビジネスパーソンにとっても、海外出張、海外赴任はもはや日常茶飯事となっています。そうなると、日本人が海外で事件や事故に巻き込まれるリスクが必然的に高まり、各企業とも社員の安全を守るための対策に追われ、社員自身は自分の身は自分で守る覚悟が必要になってきます。 このコラムでは、会社がどのように社員を守ろうとしているのか、そして当事者である社員はどのように自分の身を守っていけば良いかご紹介したいと思います。

「海外ではとる方よりとられる方が悪い」とよく言われますが、とんでもないですね。「とる方が悪い」に決まっています。私は海外で被害に遭う人がまぬけだとは思いませんし、寧ろきっといい人だと思います。野球の観戦を楽しむためには野球のルールを知っておいた方がより楽しめますよね?そういうことです。

■海外におけるリスクとは?

海外におけるリスクを考える場合、どのようなリスクが思い浮かぶでしょうか?今のご時世を考えると、恐らく「テロ」「暴動」が真っ先に浮かぶと思いますが、それ以外にも「政変」「戦争」「自然災害」から始まり、身近に起こってしまう可能性が比較的高い「犯罪」「病気」「事故」から「ハニートラップ」まで多種多様です。

これらは海外に限らず日本にいても存在するリスクです。しかしながら、海外に出た場合、日本人が抱える特有のハンディキャップによりリスクが格段に増大します。一例を挙げますと、①言葉の問題 ②文化の違い ③土地勘のなさ ④情報網の少なさ ⑤助け合いのネットワークの欠如 ⑥ 人種差別 ⑦外国人(特に日本人)は金持ちであり犯罪ターゲットにされやすい事実、などです。サッカーに例えると、超アウェーの中で試合をするようなものです。

■リスクに対応する方法

リスクに対応する方法は大きく分けて、1) 会社での対策 2)外部機関との連携 3) 当事者(社員)の意識・執念の3つに分けられます。それぞれ順番に見ていきたいと思います。

1) 会社での対策

社員の身に何かあったら最後に責任を持つのは会社ですので、社員を守るのは道義的・社会的責任だけでなく、会社自身も自分の身を守る防衛策として各種対策を講じています。 一般社員が日頃あまり目にすることはないですが、それなりの会社であれば必ず以下4点のマニュアルを作成しています。

 中身を読まれた方もいらっしゃると思いますが、往々にして頼もしいことが書いてあります。しかしながら、実際に問題が発生してしまった場合本当にマニュアル通り実行されるのか未知数なことが多いのが実情です。何故でしょうか?
原因の多くは「実際に起こった場合のシミュレーションが足りない」からです。マニュアルに書かれているのは、ほとんどの場合危機管理コンサルタント会社作成のひな形の内容であり、担当責任者は作成しただけで安心して義務を果たしたと思い込んでいることが多いです。本来の目的は社員を守ることであり、マニュアルをつくることではありませんので、まさに本末転倒です。
対策としては、日頃から関係者の間でケーススタディを通してシミュレーションをすることです。例えば、「社員Aさんが某国内陸部で事故にあったとの一報が入った。真っ先にすることは何か?次に何をするのか?その次は?家族にはどのタイミングで知らせるのか?誰が現地に駆けつけるのか?といった具合です。これを定期的に続けていけば、想像力が膨らみ必然的にマニュアルに独自の具体的かつ現実的な対策を肉付けすることができます。総務関係者だけでなく、 時には海外赴任・出張経験者も呼んで一緒に議論すると効果は更に高まり、リスクが現実化した時の対応スピードが格段に早いです。練習試合を何度もこなした方が本番で良いプレーができるのと同じです。
尚、これらマニュアルで欠かせないのが、外務省が公表している各国の「危険レベル」です。ほとんどの会社がこの情報を基準として、海外出張の禁止、海外駐在員の帰国を規定していると思います。国家機関が公表している情報であり重要な目安になりますが、かなり安全を見た情報であり必ずしも実情を完璧に反映しているとは限らないため、最終的には実際に現地で生活している駐在員や代理店の意見を考慮して最終決断するのが一般的です。

2) 外部機関との連携

一般的に海外進出企業が利用しているサービスは以下4つあります。

 残念なのは、これらの対策はかなりコストかかるため、自営業者や中小企業は海外旅行保険のみで対応していることが多いと思います。もし可能であれば、4は加入しておいた方が良いかもしれません。 日本と海外では時差があるため、いつ何時トラブルの第一報が入ってくるとも限りません。第一報を受け取れないと、現地で困っている社員は不安になりますし、 24時間ずっと電話があるかもしれないと気を張っている本社担当者も気の毒です。
この中で誘拐・脅迫専門コンサルタントという見慣れないサービスがあります。これは社員が誘拐脅迫をされた時に専門家(ほとんどが外国人)が飛んできてくれて、 マンツーマンでアドバイスをしてもらえます。私の経験上、もし発展途上国で犯罪に巻き込まれても、あせって警察に連絡してはいけません。 何故なら、そのような国の警察はお金のある所に群がります。 その情報を利用して一儲けする(例えば自分が犯人になりすまして身代金を奪う)ことを考える可能性があります。まずは本社への報告、専門家への相談、外務省・日本大使館への相談が大原則です。 特に、現地の警察を動かすためには日本大使館を通すのが絶対原則です。日本大使館を通して現地警察に要請すると「正規ルート」にのりますので、先ほどの汚職に巻き込まれるリスクは防げます。 重大な問題が発生した場合は、積極的に虎の威を借りましょう。

3) 当事者(社員)の意識と執念

上記で紹介した1)と2) はあくまで社員に啓蒙することと、起こってしまった後の対策を用意しているに過ぎません。 身を守るのは実はこの3がダントツで重要です。 つまり、現場の第一線で安全を守ってくれるのは会社や外部機関ではなく、あくまで自分自身であるということです。 親方日の丸の意識を捨て、自分の身は自分で守るという強い意識が必要になります。
ここで最も重要なのは、想像力を働かせて起こり得る事故・犯罪をシュミレーションしておく。悪い人の立場に立ってみる。

自分はカモではないことを、悪い人にアピールする。

の3点です。例えば、

・飛行機に乗ってすぐ靴を脱いでくつろいでいませんか?
飛行機事故のほとんどは離発着時に発生しています。 ガラスの破片が散乱している機内を素足で歩きたくないですよね?

・フライトを選ぶ時、コストだけで選んでいませんか?
飛行機会社の定時運航率を確認しましたか?最近どこかの国を空爆した国の航空会社ではないですよね?わずかな料金差で命を危険にさらしますか?

・ホテルの部屋のセキュリティボックスに貴重品を預ける時、暗証番号を無造作に自分の誕生日にしていませんか?
チェックインの時にパスポートのコピーをとられたのを忘れましたか?ホテル側はあなたの誕生日を知っていますよね?

・タクシーに乗ったら、運転手の名前とタクシー番号を確認していますか?
名前と番号を覚えた客からお金を搾取しにくいですよね?後で通報されますから。

・ナイトクラブで最初に料金を確認してから飲み始めていますか?
途中で料金を確認していますか?クラブ内でどの人と仲良くなれば、自分の身(とお金)を守れるのか絶えず考えていますか?お金に厳しい人や仲良くなった人から搾取するのは嫌ですよね?彼らも人間ですから。

・テロ発生国で不本意にも高級ホテルで人と待ち合わせする場合、どこで待ちあわせますか?
自分がテロリストならどこから突入してきますか?裏口はどこにありますか?逃げ道がなく、自動車爆弾に巻き込まれる可能性もある地下のカフェを敢えて選びますか?

このように、ほんの少しの工夫と想像力でリスクはかなり減らすことができると思います。もし想像力が働かない場合は、外務省の海外安全ホームページに実際に起こった犯罪例が記載されていますので、これを参考にされると良いです。最近は犯罪も国境を越えますので、どこかの国で行われた手口は別の国に波及する可能性も高いです。いろんな国で起こった犯罪手口を見ておくと想像力を働かせやすくなります。

■最後に

何か問題が発生した時、保険会社はお金を払ってくれるでしょうし、会社はできる限り助けてくれようとするでしょう。しかしながら、あなたの命を返してくれる人は誰もいません。結局何かあって泣くのはあなたであり、あなたの家族です。

私の経験談をご紹介させて頂きますと、22年ほど前に南米コロンビアでバスジャックに遭遇し、ライフル銃をこめかみに突き付けられたことがあります。 幸い、バスの後方に座っていましたので、犯人が私の座席に来るまで考える時間がありました。 私が真っ先に考えたのが、「政治目的かお金目的か?」でした。といいますのも、当時日系人が南米ペルーの大統領となっており、左翼ゲリラが当地在住の日本人を無差別で殺していたからです。 結果的にお金目的でしたので助かったわけですが、それがわかるまで自分なりに対策を講じました。 まずパスポートをバスの窓からそっと外に放り投げました。次に考えたのが、自分の身分説明です。バスの中で外国人は私一人だけでしたので、当然犯人が聞いてくると思ったからです。 (失礼な話ですが)私はフィリピン人の船員で船乗りの仕事がきつくて逃亡した、というストーリーで行こうと決意していました。 結果的に私の横にいたコロンビア人乗客が「こいつはここの人間じゃないからそっとしといてやれ」とかばってくれたため事なきを得てお金をとられただけで済みました。 今でこそ笑い話ですが、私は2つの致命的なミスをしました。 一つはこれだけ治安の悪い国の夜行バスに乗ったこと、二つ目は危険地帯を通る路線バスに乗ったことです。 当時貧乏旅行をしていましたのでお金がなかったことは事実ですが、それにしても軽率だったと思っています。 ちなみにこの事件があってから1年後、メキシコで夜行バスにのった日本の女子大生がバスジャックに遭い、残念ながら射殺された事件が発生しています。

ただし、世の中に「絶対」ということはありません。どんなに注意していても、事故や犯罪に巻き込まれることはあります。 例えば、2004年に発生したスマトラ沖地震の際、もし自分がその場にいたら身を守る術はあったでしょうか? 犯人側がプロ中のプロで自分のリスクヘッジを上回る手口を使ってきた場合、私は身を守れるでしょうか? 逆に何も注意していなくても、安全に海外を歩けることもあります。つまり、どうしても「運」の要素が加わるのは致し方ないということです。 こんな事を書いている私でも、次の海外出張でトラブルに巻き込まれる可能性も否定できません。ただ事前に準備しておくことでリスクを最小限にし、実際トラブルに巻き込まれた場合にパニックにならなくてもすみます。
そして、執念。なんとしてでも無事に帰るんだという執念です。 今にも墜落しそうな飛行機の中で、遺書を書く暇があるのであれば、柔軟運動でもやりながら、 非常口の場所を確認するなど脱出するシミュレーションをするぐらいの執念を持ちたいものです。

■最後の最後に

ひとつ言い忘れていました。あくまで私の経験上ですが、海外駐在員や出張者が身近にドツボを踏む可能性が最も高いのはハニートラップだと思います。 私は一度もありませんが(本当です)、実際に見聞きした回数がダントツで多いトラブルです。 会社でも分野が分野だけに、この点に関してはあまり研修をしないようです。さすがに国家資格保有者が集まる会合のHPですので、詳細はここでは控えたいと思いますが、皆さんお気をつけて!!グッドラック!!

プロフィール

川崎透 (かわさきとおる)
GFMコンサルティング合同会社 代表。
電子機器メーカー、外資化学メーカーなど大・中・小・外資系にて20年あまり海外ビジネス(主に営業、海外現法立ち上げ)の現場で奮闘してきた経験を活かし、小規模企業向けの海外ビジネスサポートに携わっている。
「顧客と同じ船に乗り、現場に近いところでサポートする」がモットー。
趣味はウォーキング、トレッキング、海外一人旅。海外には出張・駐在・旅行で30ヶ国以上の訪問歴があり、アジア・中南米地域を得意とする。
広島市出身。